記事紹介 - 「独裁時代に押された『反国家団体』の烙印…17年間、祖国に帰れず」(ハンギョレ)
「独裁時代に押された『反国家団体』の烙印…17年間、祖国に帰れず」
孫亨根(ソン・ヒョングン)在日韓国民主統一連合 議長
ホン・ソクジェ記者
12月10日、在日韓国民主統一連合(韓統連)孫亨根議長が、ハンギョレのホン・ソクジェ記者のインタビューに応じ、記事が掲載された。日本語訳を掲載する。
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| 去る12月10日、孫亨根・韓統連(在日韓国民主統一連合)議長が、日本・東京西日暮里の事務所で『ハンギョレ』のインタビューに応じている。ホン・ソクジェ特派員 forchis@hani.co.kr |
去る10日、日本・東京の韓統連(在日韓国民主統一連合)事務所で会った孫亨根議長の表情には、固い決意が感じられた。彼は「韓統連は、韓国の民主化と反独裁のために、半世紀にわたり長年にわたって共に闘ってきた団体であるにもかかわらず、1970年代に検察による捏造捜査によって『反国家団体』という烙印を押され、そのレッテルが今も残っています」と述べ、「韓国政府は私に旅券を発給してくれないため、祖国に帰れないばかりか、投票権も行使できず、事実上、大韓民国の国民として認められてさえいない立場です」と胸の内を明かした。孫議長は、日本で生まれ育った在日同胞三世でありながら、生涯にわたって南北統一と韓国の民主化運動に力を尽くしてきた。しかし韓国政府は、独裁政権時代に司法が下した誤った判決を根拠に、韓国国籍を有する彼に対し、20年近くにわたり旅券を発給していない。
韓統連に初めて「反国家団体」という朱印が押されたのは、今から約50年前の出来事にさかのぼる。韓統連の前身である「在日韓国民主回復統一促進国民会議」(韓民統)は、1973年、当時韓国の野党指導者であった金大中元大統領が、在日同胞と共に、維新独裁に抗して民主化回復と南北統一を目標として結成した。当時、彼らは残虐であった朴正熙独裁政権に対抗した。しかし、1977年の朴正熙独裁政権時代、検察は「在日同胞・金整司(キム・ジョンサ)氏スパイ事件」を捏造する過程で、韓民統を「反国家団体」として仕立て上げた。独裁政権が終焉し、スパイ事件の被害者たちは再審などを通じて冤罪を晴らしたものの、その後50年以上にわたり、韓統連が受けてきた不当な扱いを是正してくれる者は誰もいなかった。
彼らは全斗煥政権による5・18虐殺を国際社会に告発し、1987年の6月抗争の際にも、日本の市民社会との連帯を展開した。1989年に名称を韓統連へと改めた後も、金大中・盧武鉉政権期には南北海外民族共同委員会の一員として統一運動に役割を果たし、昨年12月からは尹錫悦(ユン・ソンニョル)弾劾運動にも積極的に参加してきた。
彼は「12・3内乱事態の克服と“光の革命”に参加し、韓国に新たな政府を誕生させることに力を添えたという自負がある」と語った。
しかし彼は今なお、「反国家団体」という重荷のために旅券を発給されず、「韓国に帰ることのできない韓国人」という立場に置かれている。盧武鉉政権時代に一時的・限定的に旅券が発給されたことはあったが、李明博政権以降、孫議長に対しては完全に門が閉ざされた。2009年、ソウル・水踰里(スユリ)の四月革命記念集会に参加して以降、17年間にわたり韓国訪問の道が断たれている。その後、尹錫悦政権下で1回、文在寅政権期にも2回、旅券発給は拒否された。
彼は「韓国で政府が変わるたびに旅券を申請してきたが、すべて拒否され、今に至るまで同じ状況が続いている」と述べた。他の韓統連幹部には旅券が発給されているものの、有効期間が1~5年と短く、これもまた差別的な扱いだという。2021年には国家人権委員会が、韓統連に対する旅券発給制限について「外交部は『反国家団体の構成員』であるとの趣旨で回答しているが、どの行為が大韓民国の安全保障に危害を及ぼすのかを証明していない」とし、関連手続きの整備を外交部長官に勧告したが、状況は改善されなかった。
孫議長は今月15日、日本・東京港区の在日本韓国大使館領事部に再び旅券発給を申請したが、また別の壁に阻まれた。この日、領事部は孫議長の旅券申請そのものの受理を拒否した。国家情報院が孫議長の経歴を問題視し、旅券法(第12条第1項)を根拠に「旅券発給拒否対象者」に含めたためである。孫議長は、自身がすでに尹錫悦政権時代の2023年にこの名簿に載せられており、特別な措置がなければ少なくとも2034年までは旅券を受け取れないという事実を、この日、領事部を訪れて初めて知った。彼は「戸惑い、あまりにも失望した」と語り、その場を後にした。
彼の年齢はすでに70代半ばに達している。
彼は「李明博政権当時に旅券発給を拒否されたときは、再び民主政権が誕生し、数年で解決するだろうと思っていたが、いつの間にか17年という歳月が流れた」とし、「人生の最終段階には、必ず祖国に帰りたい」と語った。今後は、韓国で林鍾仁(イム・ジョンイン)弁護士(元国会議員)らが参加する韓統連対策委員会と協議し、対応策を模索する計画だという。
彼は「李在明(イ・ジェミョン)政権が、半世紀以上にわたり祖国の民主化と統一のために努力してきた韓統連の切実な訴えを、どうか無視しないでほしい」と訴えた。
彼は、再び祖国の地を踏むことができたなら、両親の墓を訪ね、民主化運動を共にした人々に会いたいと語った。
「祖父と父の故郷である慶尚南道・咸安(ハマン)をぜひ訪れたいです。また、この17年間に世を去った民主化運動の先輩たちの墓を訪ねて挨拶し、活動する同志たちと、朝鮮半島の平和について胸襟を開いて語り合いたいのです。」
東京/ホン・ソクジェ特派員 forchis@hani.co.kr

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